私は、
ピアノを弾くのが好きな子どもでした。
正直なところ、
楽譜を読むことに 苦労した記憶がありません。
きっと 楽しかったのだと思います。
4歳から始めて、
周りからは なんとなく ──
「よく弾ける子」
そう言われていました。
■ 初めての つまずき。
そんな私が 初めてつまずいたのは、
小学4年生の時に出場した コンクールでした。
先生に勧められて、
なんとなく 出場したコンクール。
今振り返ると ──
- 苦しいほど 練習した記憶
- 何かに挑戦したという 感覚
- 想いを込めて弾いたという 実感
どれも、あまり残っていません。
おそらく私は ──
▶「ただ、弾いていた」だけ
だったのだと思います。
■ 結果は ── 予選落ち。
理解していました。
でも ──
悔しいとか、悲しいとか、
強い感情は、不思議と湧いてきませんでした。
ただ一つ、
▶「× だった」ことへの、
少しの恥ずかしさ。
それだけが、
静かに残っていました。
■ 5年・6年でも、コンクールへ。
その後、
小学5年・6年でも コンクールに挑戦しました。
曲が難しくなるにつれて、
あることに気づきます。
音を覚えることが、苦手。 ── これは、ピアノを弾く者にとって、とても大きな弱点。
■ その理由が分かったのは、ずっと後でした。
私は4〜5歳の頃、
先生のご指導で ──
バイエル1曲につき、
2つの調に移調して弾く宿題が出ていました。
今思えば、
▶とても高度なことを していたと思います。
問題は、その先でした。
移調した調の主音を 「ド」として、
ドレミで歌う練習をしていたのです。
いわゆる ──
「移動ド」。
■ 固定ドと 移動ドのあいだで、迷子に。
いつも「ド」。
音の高さが固定。
相対音感の
トレーニング。
耳がとても柔軟な時期に、
このトレーニングを "中途半端な形で" 続けてしまった結果 ──
私は、
- 固定ドの感覚も 不十分
- 移動ドとしても 不完全
という状態に なってしまいました。
その結果、
▶音の記憶が、とても苦手に
なったのではないか ──
と、後になって 気づいたのです。
■ 聴音で 感じた「壁」。
音大附属中学を目指していた私は、
聴音のレッスンも 受けていました。
しかし ──
曲が難しくなれば なるほど、
「聞こえない」
という現実に、
直面します。
それは、自分にとって
▶とても 大きな壁でした。
■ ここまでが、第1話。
「なんとなく弾けていた私」が、
初めて 壁にぶつかったところまで。
この先 ──
どう向き合っていったのか。
順調なときには、見えないものがある。